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2006.06.29

日本のイメージ~教科書が教えない外国の声~

以下コピペ。真偽のほどは各自で調べてみませう。


東京裁判について

■インド パール判事

「日本は国際法に照らして無罪である」
「大東亜戦争は日本は無罪である」

「欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人である。日本の教育書は子弟に日本は侵略の暴挙をした、犯罪を犯したと教えている。日本の子弟が、歪められた罪悪感を背負って卑屈、退廃に流されてゆくのを、平然と見過ごす訳には行かない。」

■ ダグラス・マッカーサー

「日本の中国進出は自衛のためだった 国際法上、日本のとった行動は違法でない」
(米国の公聴会で)

「東京裁判は誤りだった」
昭和25年10月にウェーク島においてトルーマン大統領と会見

■ ウェップ裁判長

「日本が第二次大戦に赴いたのは、大部分が安全保障の必要に迫られての事だった」
( 1951年5月3日 米穀議会上院軍事外交合同委員会での答弁より抜粋 )
「東京裁判は誤りであった」

■ キーナン首席検事

東京裁判から5年後、東京裁判が感情論に過ぎなかった事を新聞記者に告白。

■ ウィリアム・O・ダグラス ( 米国最高裁判事 )

「国際軍事裁判所は政治の道具以外の何ものでもなかった」

■ C・A・ウィロビー(GHQ参謀第二部長)

「 この裁判は歴史上最悪の偽善だった」

■ レーリング判事 ( オランダ代表判事 ※ )

パール博士を除く判事が国際法に関しては素人だったと認める。
戦犯だった人々の印象 「ほとんどの被告が超一流の人物だった」

「日本人被告はひとりとして卑怯に振る舞う事はなかった。みな威厳に溢れていた。私は彼等を直接尋問する事は許されなかったが、二年間真正面から見据える所に座っていたので、その発言を聞き、挙動を観察する事が出来た。私には彼等が大儀を守ろうとしている事が良く分かった。彼等は我々が望んだように、見苦しく振る舞わなかった。私たちは圧倒された・・・・」

「我々は戦争法規を擁護する為に裁判をしているのに、連合国が戦争法規を徹底的に踏みにじった。毎日見せつけられていたが、それは酷いものだった。もちろん、勝者と敗者を一緒に裁く事は不可能だった。東條が東京裁判は勝者による復讐劇だと言ったのは、まさに正しかった 」
(自著 『 The Tokyo Trial and Beyond 』)

■ 英国枢密院顧問官国際法権威ハンキー卿

「裁判官パール氏の主張が絶対に正しいことを、私は全然疑わない」
(自著『戦犯裁判の錯誤』)

■ 英法曹界重鎮FJPビール氏

「東京裁判は戦勝者が敗戦者に加えた野蛮な行為にほかならない。」

■ 英国国際法で有名な W・フリードマン教授

自著 ロンドン世界事情研究所監修『世界情勢年鑑』(1950)にて
パール判定が正論であることを裏付

■ アメリカ チャールス・ベアート博士歴史学政治

自著『ルーズベルト大統領と1941年戦争の形態と実際の研究』にて
日本が真珠湾を攻撃するより数ヶ月前に、ルーズベルト大統領はアメリカ軍部をして、海外駐屯軍に秘密に軍事行動を指令したと発表し、パール博士の指摘した点を裏づけた。

■日本国内の動き

1955年サンフランシスコ平和条約11条第2項に基づき、国会で何回も戦犯の免責を決議し、関係各国に働きかけ、A級戦犯は1956年3月末までに、B・C級戦犯は1958年5月末までに全員赦免(※)、釈放を勝ち取った。更にこの釈放により、刑死した方の遺族にも恩給が支給されることになった。

※しゃめん 0 【赦免】 大辞林 第二版より
(名)スル 罪や過失を許すこと。

日本が行った戦争について

■ タナット・コーマン(タイ王国元副首相、元外相)

「あの戦争によって、世界のいたるところで植民地支配が打破されました。そしてこれは、日本が勇戦してくれたお陰です。新しい独立国が、多くの火の中から不死鳥のように姿を現しました。誰に感謝を捧げるべきかは、あまりにも明白です」

■ ククリット・プラモード(元タイ首相)

「日本のおかげでアジア諸国は全て独立した。日本というお母さんは難産してその母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。こんにち東南アジア諸国民が、米・英と対等に話しができるのはいったい誰のお陰であるか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあった為である。12月8日は我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して、重大決心をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない」

■ 毛沢東(中国)

社会党の佐々木更三委員長が、毛沢東主席に「中国国民に多大の損害をもたらして申し訳ない」と挨拶。

「何も申し訳なく思うことはありませんよ、日本軍国主義は中国に大きな利権をもたらしました。中国国民に権利を奪取させてくれたではないですか、皆さん、皇軍の力なしには我々が権利を奪うことは不可能だったでしょう」
(東大近代中国史研究会)

■ 朴鉄柱(韓国  韓日文化研究所 昭和四十二年十月)

「現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は決して日本から仕掛けたものではなかった。平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取り組んだ。それまで日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑むことは屈辱を意味した。”事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って死すべし”というのが、開戦時の心境であった。それは日本の武士道の発露であった。日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。日露戦争と大東亜戦争ーこの二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。」

「大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、”聖なる戦争”であった。ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐに回復できたではないか。二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。」

■朱耀翰 (韓国 元国会議員)

「アメリカ大統領ルーズベルト君、君は口を開けば必ず正義と人道を唱えるが、
パリ講和条約の序文に人種差別撤廃文案を挿入しようとしたときこれに反対し削除したのはどこの国だ?黒人と東洋人を差別待遇して同じ席にも着かせずアフリカ大陸で奴隷狩りをしたのはどこの国であったか?しかし君らの悪運はもはや尽きた。一億同胞なかんずく半島の二千四百万は渾然一体となって大東亜聖戦勇士とならんことを誓っている!」

 
■ アムステルダム市長サンティン氏(オランダ)

「あなた方日本はアジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない、諸民族に大変迷惑をかけたと自分をさげすみ、ペコペコ謝罪しているがこれは間違いである。あなた方こそ自ら血を流して東亜民族を解放し救い出す人類最高の良いことをしたのだ。日本の人々は過去の歴史の真実を目かくしされて、今次、対戦の目先のことのみ取り上げ、或いは洗脳されて悪いことをしたと自分で悪者になっているが、ここで歴史を振り返って真相を見つめる必要があるでしょう。本当は私ども白人が悪いのです。百年も二百年も前から、東亜を征服し自分の領土としてきた・・・・血を流して戦ってきたあなた方こそ最高の功労者です。自分をさげすむ事を止め、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきであります。」

■ アラムシャ陸軍中将(インドネシア大統領特使)

「もし日本があと5年大東亜戦争を続けていたならば恐らく中東まで進出していただろうから、中東諸国ももっと早く独立できたであろうし、日本軍の大変な勢いがアフリカにも伝わって、アフリカ諸国もインドネシアのようにもっと早く独立できただろう。そうすれば、南アフリカも現在のように苦しまずに済んだはずなのだ」

■ サンパス将軍(東欧大使歴任・インドネシア)

「日本の戦争目的は植民地主義の打倒であった。その目的の大半は達成したが、南アフリカ、アジアにまだ残っている。そんな時に行った××首相演説は、植民地主義打倒の悲願を放棄したことになる。××さんは日本の果たしてきた歴史を踏まえ、A・A(アジア・アフリカ)の悲願を代表して、まだ残る植民地主義を攻撃すべきであった。かつての日本は、スカルノ、ハッタ、バー・モウ、ラウレル・アキノ、汪兆銘、チャンドラ・ボース等を応援したのに、たった一度の敗戦で大切な目的を忘れてしまったのは遺憾である」

■ ガザリー・シャフェ外相(マレーシア)

「日本くらいアジアのために尽くした国はないのに、それを日本の政治家が否定することだ、責任感をもった政治家だったら、次のように言うだろう。

「その頃、アジア諸国はほとんど欧米の植民地になっていて、独立国はないに等しかった。日本軍は、その欧米の勢力を追い払ったのだ。それに対して、ゲリラやテロで歯向かってきたら、治安を守るために弾圧するのは当然でないか。諸君らは何十年何百年にわたって彼らからどんなひどい仕打ちをこうむった事を忘れたのか?」と。

■ インドネシア『歴史教科書』中学3年用

日本の占領は、後に大きな影響を及ぼすような利点を残した。
第一に、オランダ語と英語が禁止されたので、インドネシア語が成長し、使用が広まった。日本軍政の3年半に培われたインドネシア語は驚異的発展をとげた。
第二に、日本は青年達に軍事教練を課して、竹槍、木銃によるものだったとはいえ、きびしい規律を教え込み、勇敢に戦うことや耐え忍ぶことを訓練した。
第三に、職場からオランダ人がすべていなくなり、日本はインドネシア人に高い地位を与えて、われわれに高い能力や大きい責任を要求する、重要な仕事をまかせた


■ マレーシア『歴史』高校生用

結局のところ、日本占領期は、日本軍の残虐さ、経済的苦痛、そして常食となったタピオカなどの悪夢として多くの人々に長く記憶されることだろう。
しかし、それと同時に地域住民の中で、英国の威信を低下させることともなった。
また日本は短期間のうちに地域住民、とくにマレー人の政治的自覚を促すことに成功した。これは戦前には全くなかったことである。


■ シンガポール『東南アジア史』中学・高校生用

日本占領がもたらした決定的なものは、東南アジア諸国に民族独立の機運を巻き起こしたことである。

■ オーストラリア『世界史』中学生用

日本の占領は、実際には経済的搾取が狙いであったが、それでも人々の多くが経験したことのない自治の味を教えた。以前のヨーロッパ人が統治していた時にはくらべもつかない日本の暴政の下でも、以前の状態に戻りたいと言う望みを起こさなかった。
日本が敗北し、再びヨーロッパ人が戻ってきた時、それぞれの国の国民運動の核心となったのである。もはや以前の植民地の状況に戻すことは不可能になった。日本の占領がそうさせたのである。

■ フィリピン『国史』高校生用

日本軍はアメリカ以上にタガログ語の発達に力を入れた。彼らの目的が利己的であったかどうかはさして重要ではない。日本が、タガログ語の作家が自国語の美しさと可能性を再発見するに貢献したという事実は消し去ることはできない。

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Comments

パール判事のここだけ引用するのはずるくありませんか?パール判事は、事後法(平和に対する罪、人道に対する罪など、戦後に作られた国際法)で日本を裁くのがいけないといっているのであり、「私の判断によって、日本の侵略戦争が正当化されることがあってはならない」とはっきりと言っています。日本が無罪だというのは、あくまで法律に照らし合わせての話であり、倫理的観点から無罪としたわけではありません。

あなたの引用だけ読むと、まるでパール判事が、「日本の戦争は間違っていなかった」といっているように読めるので非常に不適切であると思います。

パール判事は「日本の印象をひとことで言えば、美しい国であるという言葉に尽きる」と日本をたたえています。日本をほめたいならそちらのほうを引用すべきであって、パール判事の「日本無罪」だけを引用するのは、パール判事の意思を全く読み取っていない不適切な引用であります。

Posted by: neko | 2007.08.23 at 10:29 PM

neko様
コメントありがとうございます。

このコピペ自体は、たしかに「意図的な引用」でしかありません。その意味でいえば、不完全なものではあります。
しかし、多かれ少なかれ引用というのは、そういうものだと思うのですが如何でしょう。
(誤解を受けないように書いておきますと、このエントリの引用は僕が行ったものではありません)

参考:
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid357.html
http://www6.plala.or.jp/mwmw/kotoba.html

以下、1952年11月6日広島高裁における歓迎レセプションでのパール博士の演説からの引用です。

「わたしは1928年から45年までの18年間(東京裁判の審議期間)の歴史を2年8カ月かかって調べた。各方面の貴重な資料を集めて研究した。この中にはおそらく日本人の知らなかった問題もある。それをわたくしは判決文の中に綴った。このわたくしの歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であることがわかるはずだ。しかるに日本の多くの知識人は、ほとんどそれを読んでいない。そして自分らの子弟に『日本は国際犯罪を犯したのだ』『日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ』と教えている。満州事変から大東亜戦争勃発にいたる事実の歴史を、どうかわたくしの判決文を通して充分研究していただきたい。日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って卑屈・頽廃に流されてゆくのを、わたくしは見過ごして平然たるわけにはゆかない。彼らの戦時宣伝の偽瞞を払拭せよ。誤れた歴史は書きかえられねばならない」

Posted by: KEI | 2007.08.28 at 10:46 AM

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Tracked on 2006.07.10 at 10:15 PM

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